人間に代わる“人材”になる?バーチャルヒューマン最新事情
マーケティング、プロモーション、カスタマーサービスなど、さまざまなビジネスで使用が可能
マーケティング、プロモーション、カスタマーサービスなど、さまざまなビジネスで使用が可能
人間そっくりな姿をしてリアルに動く3DCGで作られた仮想のキャラクターである「バーチャルヒューマン」をご存じでしょうか。将来的にインターネット上だけでなくリアルな世界においても、新たな働き手として活用が広がっていくと予想されています。現時点でも既に開発が進んでおり、さまざまな場面で利用が始まっていますが、まだ黎明期であるため市場が拡大し普及していくのはこれからになります。そこで今回は、バーチャルヒューマンの現状と可能性について印刷会社の立場に立って言及してみました。
市場拡大が予想されるバーチャルヒューマン
バーチャルヒューマンと言っても、日本においてはまだ定義が定まっていないため、現時点での明確な市場規模は分かっていません。世界の市場規模に関しては、MARKETYSERS GLOBAL CONSULTING LLP のグループ会社であるEmergen Research社(本社 : カナダ)によると、 2020年は100億3,000万米ドルと発表がありました。2030年には5,275億8,000万米ドルに達すると見ており、急速に成長していくと予測しています。
仮に1ドルを140円と換算すると、2030 年の世界市場規模は73兆8,700億円ほどになり、10年間にわたる予測期間で年平均成長率46%という驚異的な成長を遂げると予測しています。近年のロシア・ウクライナ戦争、中国の経済崩壊などの世界情勢を考えますと、そこまで市場が拡大していくかは不明ですが、3DCGに対するニーズは広がっていますから、生成AIと連携したバーチャルヒューマンの開発・利用は伸展していくものと思われます。
市場規模が拡大する要因で考えられることは、メタバースの普及、生成AIの発展、活用シーンの多様化などが挙げられますが、人材不足からニーズが高まることも考えられます。とは言っても画面上(立体映像)での動作に限られ人と同じように自ら移動することはできませんから、ビジネスで使用する場合はある程度制約がかかるのは仕方ないでしょう。それでもAI技術の搭載によって、人間のように柔軟な受け答えが可能になるため、付加価値の高いツールとして利用が拡大していくはずです。
デジタルコンテンツ制作の一翼を担っている印刷業界にとっても、CGを駆使して作るバーチャルヒューマンは、DTPや画像制作というクリエイティブ分野の延長線上として捉えれば、印刷業界でもビジネスになり得る可能性は大いにあると言えます。決して印刷業界とかけ離れたデジタルコンテンツではありません。将来性を見越して、今から取り組んでいくことはアーリーアダプターの顧客へ訴求することができますし、競合がいないという点からも新市場を開拓しやすいというメリットがあります。

さまざまな分野で活用可能に
では、バーチャルヒューマンはどんな分野で活用できるのでしょうか。以下にいくつか挙げてみます。
マーケティングやプロモーション
- バーチャルヒューマンを広告やプロモーションビデオに登場させることで、視覚的に魅力的なコンテンツを作成できる。
- ソーシャルメディアでのインフルエンサーとして活用し、ブランドの認知度を高めることができる。
具体的には、ソーシャルメディアでの投稿やライブストリーミングイベントに参加し、商品やサービスの魅力を伝えることができます。ブランドの認知度を高めてターゲットとのエンゲージメントを強化する役割を担う「ブランドアンバサダー」などが考えられます。また、ユーザーとの双方向のコミュニケーションを可能にするインタラクティブなサイネージや、デモンストレーションを行う動画広告として利用するのも可能です。
カスタマーサービス
- Webサイトやチャットボットでバーチャルヒューマンを使用し、顧客の質問にリアルタイムで対応することができます。
- 顧客とのインタラクション(対話・交流)やパーソナライズを行い、より良いサービス体験を提供できます。
具体的には、24時間365日対応可能で顧客の質問に迅速に答える「サポートエージェント」が考えられます。さらにバーチャルヒューマンは多言語対応が可能なため外国人の顧客にも対応でき、インバウンドビジネスやグローバルを基盤とするビジネスをサポートすることができます。チャットボットと連携してより高度なサポートを提供することも可能です。
トレーニングや教育
- 社内トレーニングや教育プログラムでバーチャルヒューマンを使用し、従業員に対する教育を効果的に行うことができます。
- 新しい技術やプロセスをバーチャルヒューマンを用いて視覚的に説明することで、理解を深めやすくすることができます。
具体的には、新しいソフトウェアの操作方法や機能紹介を行い、その場で質問に答えることが可能です。あるいは実際の実務の進め方をシミュレーションしたり、講師に代わって講義やセミナーを行うこともできます。さらに、社員が仕事の内容を理解したり覚えたりする場合のバーチャル指導員としても活用できます。
イベントや展示会
- バーチャルヒューマンを展示会やイベント会場でのプレゼンテーションに用いて、来場者に対してインパクトのあるデモンストレーションを行うことができます。
- リアルタイムでのインタラクションを通じて、製品やサービスの魅力を伝えることができます。
具体的には、バーチャルヒューマンを使って展示ブースの来場者に商品やサービスについてプレゼンテーションしたり、デモンストレーションしたりできます。また、ブースやイベントの来場者にインタラクティブな案内や質問に答えたりできます。さらに、来場者の反応や質問内容を収集してデータ分析も行えるので、今後のマーケティング施策に活かすことができます。
これらバーチャルヒューマンの活用分野を見ますと、印刷会社自体の業務やビジネスで活用できるだけでなく、顧客に集客や販促として提案する際のシステムとして利用を促すことも可能です。それによって、顧客のマーケティング施策やプロモーション施策をサポートするビジネスを受注することも可能になります。このように印刷会社にとって、自社での利用と顧客への提案という両面でバーチャルヒューマンは利用価値が出てきますから、今からでも情報収集を始めて、検討を一考してみても良いのではないでしょうか。バーチャルヒューマンを制作できる体制を築き内製化することができるようになれば、同業他社への差別化が図れて、新事業で売上アップを図ることも可能になるはずです。
実在の人物を使って“不気味の谷”を克服




さて、バーチャルヒューマンの開発状況はどうなっているのでしょうか。まず、ソニーの取り組み事例を紹介します。
ソニーでは、数年前からリアルな人間をCG技術で再現する「Digital Human」(バーチャルヒューマンと同義語)の研究開発を行っています。この開発で特に難しいのは、顔を自然に動かす技術とのことで、これまで静止状態では実際の人間と見分けがつかないレベルまで再現可能になっていたのですが、表情や動きを与えると不自然さが生じ、いわゆる「不気味の谷」と呼ばれる違和感をもたらす課題がありました。
現在、CGで人間を再現する技術において、不気味さを感じさせないように、実写と変わらないリアルな3Dモデルを作ることが課題となっています。それが次第に克服されつつあり、自然な表情を実現できるようになってきています。
制作においては、まずモデルとなる実際の人物を選定し、モデルの顔にマーカーを付けて、その動きを計測するのですが、動きの激しい目や唇などの部分では、マーカーが顔のしわに入り込んで計測ができなくなったり、複雑な形状の再現が難しかったりするとのことです。
この問題を解決するため、機械学習を使って、カメラで撮影した人物の映像から目や唇の形状を正確に取得し、それにCG側の形状がぴったり合うように変形アルゴリズムを適用して動かすという方法を採っています。さらに、その人の個性をインプットした機械学習モデルを使って、変形させたCGモデルを本人らしい顔つきにする作業も行っています。
昨年、ソニー・ミュージックエンタテインメントは、バーチャルヒューマンアーティスト「ANNA」をデビューさせました。AI技術による人間の性質・癖・歌い方を高精度に再現することが可能なテクノスピーチ社(CeVIO AIやSoundmain等に搭載されている音声合成・歌声合成エンジンの提供元)の音声合成技術も活用し、人間のように歌うことが可能です。
かつてはゼロベースで3DCGからバーチャルヒューマンを作成する方法でしたが、今日では実在の人物を撮影・計測し、そのデータを基にバーチャルヒューマンを作成することが主流になりつつあります。この方法は、開発期間を大幅に短縮できることや、実在の人物をベースにしているため、不気味の谷を超えられる点がメリットです。
エンタテインメントのバーチャルヒューマンが注目されがちですが、ビジネスシーンでも活用が広がっています。TOPPANホールディングスは昨年、フォトリアルなバーチャルヒューマンと合成音声による対話AIを組み合わせたVHサイネージシステムをバーチャルヒューマンラボにて開発しました。等身大のバーチャルヒューマンは、人物認識センサーを搭載しているため、画面の前に立った利用者に対して話しかけたり、利用者のほうを向いたりすることができます。あたかも目の前に人がいるかのような感覚で自然な対話ができるため、誰でも抵抗感なくサービスを受けることができるようになっています。
同社のVHサイネージは「バーチャルヒューマンラボ」に設置された「ライトステージ」(南カリフォルニア大学で研究・開発されたシステム)を用いて計測した高精度な人体に関する実測データを基に制作されています。球状のドームに配置した光装置をコントロールしながら計測し、顔の形状だけでなく質感も高精細に計測し、AI技術と掛け合わせて作成するため、フォトリアルなバーチャルヒューマンを作成することができるのが特徴です。
また、今年6月、バーチャルヒューマンを開発するAIテックのAww(アウ、本社 : 東京都渋谷区)は、GPUを開発・販売している大手半導体メーカーのNVIDIA(本社 : アメリカ・カリフォルニア州)と技術提携を行い、既に開発しているバーチャルヒューマン「imma(イマ)」を進化させることを発表しました。その過程で生まれた技術は、今後のバーチャルヒューマンの基礎技術としてAwwのバーチャルヒューマンへの活用と、幅広いパートナーへの提供を予定しているとのことです。
具体的にはNVIDIAのAIモデルの制作を効率化するためのACE NIMマイクロサービスを使って、生成AIモデルをクラウド、データセンター、GPU対応ワークステーションなど、さまざまな場所に簡単に配置するという技術です。この技術によって、高品質なバーチャルヒューマンをより短期間に作ることが可能となり、顧客への提供スピードも大幅に向上させることができるというわけです。
ファミリーマートでは、このほど、店長業務をサポートする人型AIアシスタント(名称 : レイチェル/アキラ)を各店舗(約7,000店舗、2024 年7月末現在)に導入しました。人型AIアシスタントはバーチャルヒューマンではありませんが、生成AIを搭載しコミュニケーション機能を持たせて、業務マニュアルの音声検索、レジ操作や店舗スタッフの育成、緊急時における対応方法など、店長に代わってスピーディな対応で円滑な店舗運営を実現するというものです。
今後、店舗運営では業務をサポートする人型AIアシスタントがバーチャルヒューマンに進化し、来店客に対応していく可能性は十分に考えられます。
印刷業界としては関係ないビジネス分野として見るのではなく、バーチャルヒューマンの開発・制作に携わることで顧客をサポートしていくという考えで、デジタルサイネージや3DCGの発展形として可能性を探ってみるのも面白いかもしれません。

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