XRの将来性とビジネスの動向
印刷業はXR・メタバースとどう関わっていけばよいのか
印刷業はXR・メタバースとどう関わっていけばよいのか
XRとは、現実空間と仮想空間を融合する技術の総称で、「Extended Reality(エクステンデッドリアリティ)/Cross Reality(クロスリアリティ)」の略称です。VR(仮想現実)、AR(拡張現実)、MR(複合現実)、SR(代替現実)が具体的な技術になりますが、今後、エンターテインメントからビジネスまであらゆる分野で伸びていくと言われています。当然、印刷業にも関わってくる技術になるわけですが、XRは端緒についたばかりで、まだコンテンツが市場で流通しているとは言えない現状です。それでも知識を得ておくことは今後のビジネスで役立つ可能性があります。今回は、XRの将来性とビジネスの動向をテーマに、印刷業がXRやメタバース(仮想空間)とどんな分野で関わっていけるのかを探ってみました。
確実に拡大していくことが予測されるメタバース市場
市場調査を事業展開している㈱矢野経済研究所によると、国内のメタバースの市場規模は、2023年度で1,863億円となったと発表がありました。これは前年度比35.3%増ということで急成長しているわけですが、メタバースの市場自体は、形成され始めてまだ数年しか経っていないため、端緒についたばかりと言っても過言ではないでしょう。
現在、日本ではアニメやゲームのエンターテインメント産業が中心になってメタバース内で独自のコンテンツを展開する動きが活発ですが、あくまでもメタバース市場を先導しているのは大手企業や先進企業と言わざるを得ません。いずれにしてもメタバースの開発・普及は、XR技術が市場に浸透し、コンテンツ制作に携わる企業の増加によって市場が拡大していくことが予測されています。(グラフ参照)
現状のメタバースでは、小売業が店舗空間を設けてECサイトで販売したり、また、アパレル業界ではバーチャル試着体験を行ったりと販路拡大のためのツールの他、製造業では製品の設計や開発プロセスにメタバースの活用、あるいは社員研修ツールとして利用する動きが出ています。さらに教育業界では、メタバースを授業に取り入れることで、場所や時間の制約を受けずにオンラインの体験を通じてゲーム感覚で学べる場を提供しています。
グラフが示すように、日本のメタバース市場は2028年度に1兆8,700億円まで市場規模が拡大すると予測されていますが、わずか4年後で果たしてそこまで成長できるかどうかは分かりません。そのためにはデバイスのVRゴーグルの低価格化や軽量化が望まれますし、その先の技術になるスマートグラスの普及が成長の鍵になってくるでしょう。また、そのような専用のグラスを装着しなくても、PCやスマートフォン等からでも気軽に参加できる環境が整ってくれば、市場が一気に拡大する可能性があります。
市場の拡大には、XRコンテンツを充実させてビジネスとして儲かる仕組みを作っていく必要があります。現在はゲームやイベント、コミュニケーションなどのエンターテインメント分野が中心ですが、商品販売、人材交流のビジネス分野のコンテンツが増えて、しかも一般ユーザーが気軽に参入できるようになることがポイントになるでしょう。

方向性はCG・動画コンテンツ制作に関わっていくこと
1月9日~11日、東京ビッグサイトでXR・メタバース・AI・Web3関連やコンテンツ等の多彩な事業者が一堂に会し、業務提携等によるビジネスの拡大や販路開拓等の商談を行うイベント「TOKYO DIGICONX」が開催されました。同イベントでは、主に都内の中小企業が出展し、それぞれが開発したツールやコンテンツが披露されました。この状況から、さまざまな業界でメタバースがビジネスとして取り組まれていることが分かります。印刷業界においても、CGや動画制作に携わっていくのであれば、XRコンテンツの制作を通じてメタバース市場でビジネス展開していける可能性は大いにあると言えるでしょう。
メタバースの普及には、VRゴーグルのデバイス性能向上や低価格化が必要だと言われています。VRゴーグルを使うメリットは、高い没入感を得たり、アバター同士が臨場感あふれる交流を体験できたりする点にあります。しかし、VRゴーグルを使わなくてもスマートフォンやPCを利用してメタバースに参加することができます。VRゴーグルなしでもアバターを作成し、バーチャル内で他者とコミュニケーションを行うこともできますし、メタバースのプラットフォームでは、ブラウザからもアクセスが可能です。
ところで、メタバースのサービスで利用されているXRには、VR(仮想現実)、AR(拡張現実)、MR(複合現実)、SR(代替現実)がありますが、印刷業界では、ARに関しては既にコンテンツを開発・制作している企業が少なくありません。これらの企業は、印刷物の紙面からバーチャルコンテンツにアクセスできる環境を作り上げています。印刷物にスマートフォンやタブレットをかざすだけで、文字だけでは表現できない動画や音声などのコンテンツを提供できるARですが、これまで印刷業界では、ARと印刷物を融合させた広報・販促をさほど推進してこなかった側面があります。その主な理由は、コスト高によって顧客に積極的に提案できなかったことにあります。ARは印刷業界にとって、XRの進展と共にメタバースへの参入の足掛かりになるはずです。しかし現状では、顧客に対してARを印刷物に付加する提案や活動が不足していると言わざるを得ないでしょう。もっとARの活用を促し、付加価値の高いコンテンツ作りで顧客を支援していくことが望まれます。
ARではデジタルとリアルをつなぐ体験型イベントや、商品を3Dでシュミレーションする動画コンテンツ、3Dキャラクターによる商品説明などが可能ですから、印刷会社にもCG制作や動画制作の話が舞い込んでくる可能性があります。その時に対応できるよう、ARをはじめXRコンテンツの知識や情報に触れる機会を作っておきたいものです。
ARコンテンツは、既にスマートフォンでアクセスできて、手軽に見られるようになっていますが、思いのほか、市場が広がっていない印象があります。その原因は、ARの利用シーンが少ないこと、日常でARの必要性を感じていないユーザーが多いことが考えられます。また、ARコンテンツを提供する側にすれば、紙媒体の制作にAR動画の制作が加わることによるコスト増が、費用対効果の面から採算が取れないと見られていることも原因の1つと言えるでしょう。やはり制作のことを考えると、コスト増がネックとなり、印刷会社や制作会社があえてARを顧客に薦めていない点が、市場拡大が進まない最大の原因と言えるでしょう。

大手印刷会社では既に独自のビジネス展開を始めている
「TOKYO DIGICONX」の出展社を見ると、印刷関連会社では大日本印刷㈱、TOPPAN㈱、共同印刷㈱(オンライン出展)など大手印刷会社の他は、パッケージデザインを事業にしている会社が散見される程度で、ほとんどが中小のXRコンテンツ制作会社でした。しかし、XRの将来性を考慮すると、印刷会社にとってXRに関するコンテンツ制作やメタバースビジネスへの参入は、十分にビジネスになり得る可能性を秘めていると言えます。
では、印刷会社はどのような出展を行ったのか見てみると、最大手の大日本印刷㈱のXRコミュニケーション®事業部門が、東京都との「東京都スマートサービス実装促進プロジェクト(Be Smart Tokyo)」の取り組みをテーマにした製品を紹介していました。
中でも目を引いたのが、長崎県にある軍艦島(端島)に立体感を持たせた3DCGです。モニター上に映し出された軍艦島の映像は、「ドローンからの撮影と一眼レフカメラでの写真撮影、そしてレーザースキャナを駆使して約5万枚の画像を合成して作りました。これは、写真から3Dモデルを作成するフォトグラメトリという技術を用いています」(同社担当者)とのことです。
ブースでは、画面に映し出された軍艦島の立体動画をコントロール操作で移動して見られるようになっていました。いわゆる世界遺産の軍艦島のデジタルアーカイブとして作られたコンテンツです。
被写体をさまざまな角度から多数の写真撮影をして合成していかなければならないため、コストと時間が掛かる上に、実物がないと3DCG制作ができないというデメリットがありますが、撮影した写真から合成できる点で質感や状態がリアルに表現できる点が、このフォトグラメトリのメリットと言えるでしょう。
TOPPAN ㈱では、メタバースプラットフォーム「メタパ®」を出展していました。メタパは、リアルとバーチャルを融合した「メタバースショッピングモール」になっています。メタパは、企業が参入しストアやスポットを開設したり交流したりして、さまざまなバーチャル体験ができるというもの。次々と企業が参入し新しいストアが増えており、商品・サービスが充実してきているとのことです。
「当社では企画部門が顧客に対し、どのような目的でメタパを利用されるのかをヒアリングし、リアルな建物を作って展開するのが良いのか、バーチャルならではの自由な空間で展開していくのが良いのか、ニーズに合わせてプランニングを行い、お客様に活用していただいています。メタパではテキストや音声でコミュニケーションがとれますし、気になった商品はメタパの外に設けた実際のECサイトから購入することができます」(同社・先端表現開発本部担当者)とのことです。
現時点で大手企業15社が加入しストアを出展しており、消費者への商品・サービスの販売につなげたり、交流したりしているとのこと。同社はメタパを立ち上げて既に4年程になるとのことで、ようやくここに来てメタバースが市場に認知されるようになり、今年辺りから市場の拡大とともにメタパに加入する企業が増えていくことが期待できるとのことです。
共同印刷㈱は、IC製品と連携したメタバースサービス「TOMOWEL BLUE™」をオンライン出展しました。同サービスは同社が長年にわたりカード事業で培った認証技術を応用したサービスです。IC製品(カードやグッズ)をスマートフォンで読み取ることで、メタバースに快適に入室することができ、VRゴーグルを装着した状態でも、ユーザーID・パスワードの入力を必要とせず入室管理を可能にしたものです。入室に使用するICカードは、学生証、社員証、会員証、各種グッズとして使用することも可能になっています。学生や社員向け専用メタバース、ファンクラブ会員向け限定メタバース、グッズ購入者向けプレミアムメタバースなど、多様なサービスに「TOMOWELBLUE」を連携し活用することができるのが特徴です。


メタバース市場に参入するには企画力とデザイン力が大切だ
では、中小印刷会社はXRコンテンツやメタバースにどのように関わっていけば良いのでしょうか。市場はまだ形成されているとは言えず、紙を扱う印刷会社からすれば、当面目指す市場とは言い難い面があります。しかし、動画コンテンツの撮影・制作に携わっていたり、既にCG制作に従事していたりするのであれば、メタバース市場にビジネスとして参入できるはずです。
印刷会社ではありませんが、ブランディング、パッケージデザイン、各種SPツールを手掛けている株式会社スタジオ・エーワン(東京都中央区)では、バーチャルキャラクターを制作し自社商品のPR、企業のオリジナルキャラクターの考案・制作、2D・3DでのAR・動画制作など目的や用途に合わせたコンテンツを提案しており、「TOKYODIGICONX」にも出展していました。
バーチャルキャラクターはバーチャル販売員として人手不足、多言語対応、無人店舗での販促といったメリットがあり、同社では商品やサービスの魅力を最大限に伝えられるキャラクターを制作しているとのことです。実際の人を採用するよりも、安価でスピーディに実演販売用動画を作成することができる点がメリットになっています。
同社は既に5年程前からバーチャルキャラクター制作を事業として取り組んでおり、江原常人社長は「これまでグラフィックデザイナーは紙媒体の制作を専門にしていましたが、これからは動画・CG市場でデザイン力を活かして生き残っていくべきでしょう。弊社はバーチャルキャラクターを利用したクリエイティブなサービスに注力しています。業界でかなり早い時期にARコンテンツの制作に携わってきましたが、まだまだ参入している同業者や印刷会社は少ないです。今からでも始められることをお勧めします。そして、このビジネスで重要になってくるのは企画力とデザイン力ですから、それらを培っていくことが大切です」と、メタバース市場に参入するためのポイントを指摘しています。
では、印刷会社がメタバースをビジネスに取り込むにはどう関わっていけばよいのでしょうか。まずはXRに関するビジネスをターゲットにするのが近道と言えるでしょう。1つは、ARマーカーを活用した印刷物の制作が挙げられます。このARマーカーの付加は既に多くの印刷会社が取り組んでいることですが、さらに一歩踏み込んで、動画などの付加価値の高いコンテンツに誘導していくことを提案すべきでしょう。名刺にARマーカーを付け、スマートフォンをかざすことで、自己紹介動画や企業紹介動画を表示させたり、同様の仕組みでチラシやカタログから商品を立体的に見せる動画に誘導したり、あるいはイベントの詳細情報を動画で見せるといった、印刷物から動画へ誘導していくことはもっと提案できるはずです。
また、商品パッケージやケースにARマーカーを付けて動画で詳しい情報を提供したり、教育機関ではデジタル教科書の内容をメタバースや3Dで表示したり、メタバース上にプラットフォームを作ってオンライン学習を展開したりすることもできるでしょう。
要は顧客にメリットをもたらすための企画力やデザイン力が重要になってきますから、そのためには普段からメタバースやXR技術の知識や情報に触れて、現在の自社の事業から、どんなビジネスであればXRやメタバースに関わっていけるのかを見出して、自社の強みが発揮できるものを作っていくことが大切です。

|