印刷会社がSDGsを実践するための方策
企業価値の向上とビジネス機会の創出、リスク対応で不可欠
企業価値の向上とビジネス機会の創出、リスク対応で不可欠
SDGsに取り組んでいくことが、いかに重要であるかはどの企業も理解していることでしょう。
SDGsは活動次第で持続可能な企業の実現となり、ビジネスの視野・領域を広げる経営的なメリットがあります。GCJにおいても2023年度の事業計画で、(一社)日本印刷産業連合会が進めるSDGs に賛同し実施していくことを明言しました。では、具体的にどのようなSDGsに取り組んでいけばよいのか。印刷会社として取り組みやすい目標は何か。それを実現するためにはどのように進めていけばよいのか。今回はこれらの具体的な取り組み内容について説明していきます。
取り組みに失敗しないためのポイント
中小企業の場合は、経営者がSDGsに関心を示さず、活動に関与しないでいると、社員は「経営者がそんな考えなら活動しなくても大丈夫だ」という考えになり、社員の協力を得られず、活動が頓挫してしまいます。そうならないためには、経営者はじめ経営陣は積極的にSDGsに関わり、本気度を示して社員にアピールし、社員全員が活動するような体制を築いていくことが求められます。
ただし、SDGsの目標が17もあることから、あれもこれも取り組もうとすると、負担が大きくなって本業の印刷業に支障が出てしまう可能性があります。そうなっては意味がありませんから、自社のリソースを考慮していくつかに絞ることが得策です。とにかくSDGsの活動を持続させて、収益に繋がるものにしていくことが本来の目的ですから、社員の協力を得られる無理のない範囲で取り組んでいくことが大切です。
SDGsの活動は社員の理解を得て、全員で取り組んでいくことが何より重要ですから、社員のモチベーションを下げるような取り組みにならないよう、「SDGsの活動に取り組む意味と重要性」「SDGsに取り組むことで得られるメリット」をしっかりと伝えて、SDGsを経営理念やパーパスに落とし込んで経営戦略として捉えていくことが必要です。
そこでSDGsの方針や取り組み内容を文書にまとめて、「SDGs宣言」としてホームページなどで公開していくことも考えたいものです。社員の意識や認識を高めることにもなり、また、ステークホルダーに対してもアピールすることができます。
具体的な行動として、最初に自社が現在どのような取り組みをしているのかを整理・棚卸しを行います。自社の特性を知ることで取り組める目標を決めるわけです。社員の考えやステークホルダーからの意見も取り入れて、自社が可能な取り組みを決めていきます。SDGs担当部署を設置(小規模企業の場合はSDGs担当者を1名設置)し、いかにしてSDGsを経営戦略として推進していくか指標を提示していきます。
そのためには世界中の企業が行動指針にしている「SDG Compass」に沿って取り組んでいくのがよいでしょう。それは、段階的にSDGs活動を5ステップで進めていくことが示されています。企業がロードマップを策定する際に利用するケースが多いようです。
次に、具体的にSDGsの重要課題を設定する際にすべきこととして、自社の活動に関わるバリューチェーン全体での社会・環境に与える影響を洗い出すことが重要になります。これはSDGs担当者が1人で行うのではなく、社員全員の考えや意見を聞いて、SDGsを通じて将来どのような企業を目指すべきかの課題を抽出して優先順位をつけます。
カーボンニュートラルの取り組みは必須
企業として取り組むべき重要課題の1つになっているのは「地球環境保全のためのCO2排出量の削減」です。特に印刷業界ではこれを重視しており、日印産連が主導してカーボンニュートラルの取り組みを掲げています。
ただ、漠然と環境にやさしいインキや環境に配慮した印刷用紙を使っているだけでは、社員のSDGsの意識は向上せず、企業の収益向上に活かせる活動にはなっていかないでしょう。CO2排出量を削減するカーボンニュートラルに取り組むことで、企業はエネルギーに掛かるコストを削減することができますから、まずは取り組む価値があることを認識する必要があります。
カーボンニュートラルの実現に向けて、印刷業者が取り組むべきことと進め方として次の5つの手順が考えられます。
1. 削減目標を決める
社員にいくらCO2の削減を強調しても、何をどのくらい削減すればよいのか分かりません。削減目標を立ててそれに向かって進めていくことが必要です。政府が発表したCO2削減目標の「2030年度に2013年度から46%削減」をベースに、社内でも同様の削減目標を打ち立てて取り組んでいくのがよいでしょう。
そのためにはCO2排出量の計算方法の「CO2排出量=活動量×CO2排出係数」を正しく理解しておく必要があります。活動量とは生産、使用、焼却などの総計で、ガソリン・ガス・電気などが該当します。CO2排出係数とは、電力会社が電力を作った際に排出されるCO2の数値で、本来はさまざまな事業活動全体のCO2排出量を示しますが、一般的には電力の数値のみを指す場合が多いです。排出係数の計算方法は「排出係数=CO2排出量÷販売電力量」になります。
2. 現状の確認を行う
次に、現状として事業全体でCO2が何からどれくらい排出されているのか、サプライチェーン全体の排出量を算出し確認します。
サプライチェーンの排出量は、Scope1(直接排出量)、Scope2(エネルギー起源間接排出量)、Scope3(その他の間接排出量)で構成されているため、原材料の輸送・保管、印刷物の製造・販売・輸送などの対象と、事業者自らの排出量だけでなく、事業者の購入先や販売先などの事業活動に関係する全ての範囲で排出量を確認する必要があります。そのため、取引先や顧客など他社との連携・協力が不可欠になりますから、複雑で可視化するのが困難です。まずはScope1と2について排出量を可視化して、それらを確実に算出できるようになってから、サプライチェーン全体の排出量に取り組んでいくのがよいでしょう。
3. 気候変動によるリスクと機会の分析を行う
事業計画を立て活動する際に、気候変動による物理的なリスクが自社に影響を及ぼすことが想定されます。また、自然災害である地震、豪雨、洪水、噴火などによって、原材料の供給の遅れ、印刷物の輸送の遅れ、原材料調達コストの増加などを考慮しておく必要があります。自社のリスクと予想される機会を分析し、いざという時のために同業者間でネットワークを構築し、原材料調達や印刷物の製造に関する協定を結んでおくことが重要です。そのためにもBCPを策定し備えておきましょう。
4. 社内で議論する
SDGsに取り組むにあたって事業計画の期間、社内の普及状況、洗い出した対策などは、現場での導入に向けて経営層と担当者だけでなく、社員も交えて議論することが大切です。
5. 今後の課題を整理する
カーボンニュートラルの方法やプロセス、組織体制、目標実現までの期間などを見て、実際に遂行することが可能かどうかを改めて議論し確認します。その中で乗り越える課題は何かを明確にし、明文化します。課題を社内で共有し整理することで取り組みやすくなるでしょう。
カーボンニュートラルの代表的具体例
印刷会社にとってはできれば電力使用量を削減し省エネ化を図っていきたいため、エネルギーを無駄なく活用できるシステムの導入が鍵になります。そこで電力使用量を可視化し、CO2排出量の削減に取り組むようにしましょう。例えば、照明や空調に電力センサーを取り付けてデマンドデータを収集し事務所や工場における消費電力を可視化する方法や、電力消費を平準化するピークシフトやピークカットを実施して電力使用時間を分散させる方法などで電力料金を削減できます。
SDGsのターゲットマッピングを活用する
ここまでカーボンニュートラルについて言及してきましたが、SDGsはもちろんそれだけではありません。ターゲット17には、さまざまな目標や事項があります。次に自社がSDGsのゴール、ターゲットに対してどんな取り組みができるのか、SDGsの各ターゲットに該当する取り組み事項・事例を記載したリストを参照して、取り組める事項を選んでみてはどうでしょうか。
日印産連では、SDGsターゲットのマッピングリストを作成していますので、そこから照らし合わせて、自社で既に取り組んでいるものを確認したり、ターゲットにできそうなものがあればその取り組み事項や事例を取り上げて実行したりするのもいいでしょう。まずはマッピングリストをダウンロードしてチェックしてみてください。
また日印産連では、印刷業界はカーボン・オフセットの実施に注力していくことを提唱しています。これはCO2の削減・吸収量を定量化した「クレジット」と呼ばれるものを印刷業者が購入し、他の場所で実施されている排出削減・吸収を実現しているプロジェクトに資金支援する方法です。クレジットは、オフセット・プロバイダーと言われるクレジットの提供者を通して購入する仕組みになっていますが、印刷業界では現在、(一社)日本水なし印刷協会(日本WPA)の主導によって実施されており、日本WPAからクレジットを購入し、証明書の発行を受けることができます。これは、例えば印刷によってCO2を4kg排出したのであれば、排出した4kg分を植林や省エネ・再エネの普及に対して金銭でサポートするというものです。
企業はできるだけCO2の削減に努力していかなければならないわけですが、削減しきれない分のCO2は、植林や森林保護の活動や投資によって埋め合わせをすることで、間接的ではあってもCO2削減に貢献することになり、環境負荷を低減した印刷物を制作したことになるというわけです。
SDGsに取り組んでいるGCJ組合員の事例
㈲高橋写真製版 (高橋健一郎社長、GC東北理事長)では、エコキャップ活動を通じてSDGsの「目標12:つくる責任つかう責任」に取り組んでいます。ペットボトルのキャップは、元々は捨てられてしまうものですが、地域の企業や住民の協力を得て集めたキャップをリサイクル業者に買い取ってもらい、その代金をNPO法人「世界の子どもにワクチンを」日本委員会(JVC)に寄付する活動を行っています。これはSDGsの「目標3 : すべての人に健康と福祉を」の実現や、また、キャップをゴミとして焼却せずプラスチックに再利用することでCO2の発生を削減することにも貢献し、さらには、海に破棄されることで海洋汚染を防ぐ「目標14 : 海の豊かさを守ろう」を実現しています。
また、同社では貧困家庭や不登校の子どもを支援する「フードバンク活動」も実施しています。回収箱を社内に設置し、賞味期限が1カ月以上の常温保存できる食品を募るというものです。
このように同社では、地域に根差したSDGs活動を実践しています。これは他の組合員にも大いに参考になる活動と言えるでしょう。
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