生産機器のシェアリングで課題を解決!
~印刷事業の領域拡大とコスト削減を目指して~
多彩な印刷物を制作するためには多種多様な生産機器を揃えて対応する必要がありますが、経営資源が乏しい中小印刷会社は、限られた設備機器しか保有していませんから、さまざまな印刷ニーズに応えることができません。自社にできない仕事の話があれば断るか、その仕事ができる仲間の同業者を紹介する方法を採ることになるでしょう。そんな経営課題を解決する方法として考えられるのが、企業間による生産機器のシェアリングシステムです。印刷機やその他関連機械を所有している印刷会社が、工場や機械を所有していない印刷会社に貸し出すことで、両社にとってwin-win の関係を築くことができるシステムです。今回は、経営課題を解決する生産機器のシェアリングシステムについて深掘りしてみます。
シェアリングはwin-winの関係を築く
GC東京では、2023年度の事業計画で組合員間でのビジネスと事業範囲を拡大することを目的に、「GC東京生産シェアリングプロジェクトチーム」(仮)を立ち上げることにしました。つまり、組合員同士で生産機器のシェアリングシステムの構築を目指すわけですが、今年度はGC東京の理事の会社で、テスト形式で事業を開始する予定になっています。
ただし、今回言及する生産機器のシェアリングシステムは、企業間で取り決めて実践するシステムについて考察したもので、GC東京が目指すシェリングシステムとは直接関係がないことを予めお断りしておきます。
印刷業界で考えられるシェアリングシステムは、印刷会社の中で機器の稼働率が低い遊休機器を、その機器を必要としている印刷会社に貸し出して活用してもらうのが狙いです。機器を外に持ち出すのではなく、あくまでも自社の工場内で稼働させる方法になるのですが、機器を借りる企業は、基本的には自社でできない印刷物の生産業務を委託するスタイルになります。もしくは機器の操作を教えてもらって借りる側の従業員が赴いて操作する方法も考えられますが、オフセット印刷機や製本機を動かせるには一朝一夕では無理ですから、やはり普段作業に従事している貸し出す側のオペレータに作業を任せることになるでしょう。
これまで、生産機器を持っていないために内製化できなかった印刷会社は、受注そのものを断るか、その印刷ができる仲間の印刷会社を紹介するかのどちらかでした。そこで受注できない状況を解決する手段として注目されているのが、同業他社の工場や機器を利用して印刷物を制作する生産機器のシェアリングシステムになるわけです。シェアリングシステムを構築することができれば、機器を借りる印刷会社は、工場や機器を利用させてもらうことで事業領域を拡大し、多様な印刷需要に応えることができるようになります。また、新たに生産機器を導入する必要がないため、製造コストを大幅に削減することができます。
一方、工場や機器を貸し出す印刷会社は、機器が稼働していない時間帯に他社に利用してもらうことになるため、稼働率を高めて生産性を向上させることができ、設備投資の回収を早めることができます。また、機器の利用料金やオペレータの訓練費(他社が操作する場合)などを受け取ることができます。このように、生産機器のシェアリングシステムは、両者にとってwin-winの関係を築くことができるわけです。
シェアリングシステムのメリットと課題
ここまで話を展開すると非常に有益なシステムであることが分かりますが、これを構築するのは非常に難しく、実際には多くの課題を解決していかなければならないため、企業間で綿密な打ち合わせが求められます。組合が事業として運営するシェアリングシステムでは、仲間である組合員同士の関係を強化する意味合いもありますから、安価な料金体系が設定され、ある意味助け合いの精神が理念となるでしょう。しかし、組合とは関係なく、同業者同士で構築するシェアリングシステムとなると、外注に依頼するようにかなりドライな関係になるケースが想像できます。
また、機器のシェアリングシステムの運営を当事者ではなく、別会社や組織がプラットフォームとなって行う場合も考えられますが、それには仲介手数料が発生することが考えられるため、本来のコストダウンを図るというシェアリングシステムの目的が失われてしまいます。さらに、仲介者に対してもさまざまなルールを設けて責務を要求することになりますから簡単ではありませんし、仲介者に仕事のやり取りが知られることになるため、同業者同士以上に外部に情報が洩れるリスクが高まる危険性もあります。このように生産機器のシェアリングシステムの構築は、思いのほか難しいわけです。
ここで生産設備のシェアリングシステムのメリットとデメリット(課題点)についてまとめてみます。まず、設備を借りる側のメリットは、次のようなことが考えられます。
❶工場の建設費または規模拡大に要する資金を削減できる
❷設備投資の大幅な削減が可能になる
❸設備の維持費や光熱費などの経費を削減できる
❹設備を稼働させる運営費や人件費を削減できる
❺多様な受注への対応が可能になる
❻技術やノウハウを共有できる
一方、課題もあります。あえてデメリットとして考えると、以下のことが挙げられます。
❶双方が空いている時間帯に工場や機器を借りることになるため生産管理が難しい
❷事前に設備保有会社と詳細な打ち合わせが求められ、そのための時間が必要になる
❸顧客・機密情報漏洩のリスクが生じる
❹信頼できるパートナー企業を見つけなければならない
次に設備を貸し出す側のメリットは、次のようなことが考えられます。
❶普段使っていない工場スペースを使用してもらうことで、スペースの有効活用が図れる
❷空いている時間に設備を利用してもらうことで、稼働率を向上させて生産力を向上させることができ、設備投資の回収が早くなる
❸技術やノウハウを共有できる
❹設備を貸し出すことで利用料金が得られる
❺他社との協業化、取引関係の構築に繋がる
課題やデメリットについては、前述の借りる側の企業と同じことが挙げられるでしょう。
一方、違った側面のメリットもあります。設備を貸し出す企業は、規模が大きく経営資源が豊富で、営業力も備わっていることが考えられるため、メーカーやサプライヤーと対等に近い立場で交渉でき、設備だけでなく各種材料の価格交渉が可能になります。PS版、印刷用紙、インキ、湿し水など各種材料費の価格は、設備を借りる側の企業の分まで購入することで大量に仕入れることになり、その分割引の価格交渉がしやすくなるはずです。そして、貸し出す企業が仕入れ価格に近い価格で、借りる側の企業に販売してくれる可能性も出てきます。同じ組合員同士であればマージンを取らずに、同じ仕入れ価格で購入できるよう便宜を図ってくれる可能性があります。
さらに、製版工程が完全無処理版のワークフローを利用することができれば、さらにコストダウンが図れますし、何よりも環境にやさしい印刷物の制作が可能となり、対外的に環境印刷を実践していることをアピールすることができます。
企業間で事前にルールを決める
次に、印刷会社同士でシェアリングシステムを構築する場合に取り組むべき内容について洗い出してみます。
❶機器の品質や安全性の確保をす
❷機器の予約や利用時間の管理・仕組みを構築する
❸機器の保守やメンテナンス・掃除の役割を明確にする
❹機器の投資回収期間や利用料金を設定する
❺機器の保守や故障時の対応と責任を明確にする
❻各種材料の入手先を明確にする
などが挙げられます。これらをしっかりと取り決めて、生産機器シェアリングシステムに関する規約や契約書を整備し、遵守する必要があります。
また、機器を実際に稼働し生産するスタッフについては、基本的には貸し出す企業の従業員になるでしょうから、その人件費の設定は不可欠です。当該機器を操作し、別の会社の仕事を行うことになりますから、従業員の負担が増えることになります。事前に了承をとる必要がありますし、いくら就業時間内とは言っても自社の仕事を受け持つわけではありませんから、別手当を支給することが求められるでしょう。これは設備を借りる企業にとっても人件費を事前に算出し、話し合って納得できる料金設定を決める必要があります。
さらに、前述の企業間で取り決めるべき内容以外で、必要になるルールを示してみます。
❶支払い方法などの契約内容
❷印刷品質の基準の設定
❸入稿データの形式(PDF、EPS、Word等)
❹生産計画書の作成と情報の共有範囲
❺キャンセル時の対処
などが挙げられます。
また、他社の仕事でミスやトラブルが発生した時の対処法も事前に取り決めておく必要があります。設備を提供する側が全ての責任を負うのか、借りる側が全ての責任を負うのか、または責任は半々にするのか。顧客への損害賠償が発生した時に賠償金の支払いはどうするのか、折半するのかなど、責任の所在を明確にしておかなければなりません。
さらに、機器の稼働状況や顧客情報は、本来企業にとって機密にしたいものです。そこで問題として浮上してくるのが、稼働・顧客情報を他社と共有することになるため、その機密保持をどう確立するかです。機器は基本的には提供者側が動かすことになるでしょうから、借りる側にとっては自社の顧客情報や印刷内容が知られることになります。その部分で抵抗感が生じるかもしれません。その折り合いをどうつけるかが問われてきます。
拡大するシェアリングエコノミー市場
一般社団法人シェアリングエコノミー協会と株式会社情報通信総合研究所は、共同で日本のシェアリングサービスに関する市場を調査したところ、2022年度のシェアリングエコノミーの市場規模は2兆6,158億円となり、前年度比8.1%の増加となりました。
市場規模は年々増加しており、この勢いだと、2030年度には14兆2,799億円に拡大すると予想しています。ただし、この数字は成長課題であるシェアリングエコノミーの認知度、法制度の整備、トラブル等の安全面などが、全て解決した場合に限るもので、希望的観測にはなりますが、現状のペースで進んでも2030年度の市場規模は7兆6,455億円になると予想していますから、かなり大きな市場規模になることが分かります。(グラフは2021年時のもの)
対象となるサービスは、インターネット上で資産やスキルの提供者と利用者を結びつけるものが主体で、利用したい時にすぐに取引できるものが条件です。市場規模は資産・サービス提供者と利用者の間の取引金額とのことで、以下のカテゴリになります。
民泊、会議室、駐車場、イベントスペース、商品売買(フリマアプリ等)、レンタル、カーシェア、サイクルシェア、料理運搬、買い物代行、家事、育児、記事執筆、データ入力、必要金額が集まった場合の商品開発やイベント実施の購入、寄付、貸付、株式購入などになります。
このシェアリングエコノミーは、インターネットを介して個人と個人、個人と企業などの間でモノ・場所・スキルなどを売買・貸し借りするビジネスモデルになりますが、今後、市場が急速に拡大する背景には、景気低迷や社会保障不安などによって、消費者の節約意識が高まりつつあることが挙げられます。また、モノを所有することから利用するという価値観に変わりつつあること、資源を有効活用する意識が広がりつつあることが、市場規模拡大の要因になっていると言えるでしょう。
BtoBのシェアリングは対象外で市場規模には含まれていませんが、BtoBを含めると、相当大きな市場規模になることが想像できます。経費削減や生産性向上、新たなモノづくりによる付加価値の高い商品開発などで、シェアリングシステムが求められてくることは間違いないでしょう。
印刷産業はこれまで装置産業として、機器は購入・リースなどで導入することが普通でした。機器を所有するのに多大なコストをかけていたわけです。しかし、機器に多大なコストをかけても需要を生み出し利益を出せる状況が見えなくなっています。しかも昨今の各種材料費や電気料金の高騰で、より困難になっているのが現状です。
そのような状況下、市場での価値観が所有から利用へと変化しつつあります。設備を持っている印刷会社と設備を持てない印刷会社の間で、生産機器のシェアリングシステムを構築することができれば、両者にとって有益な印刷ビジネスを展開していくことができるかもしれません。そして、機器を持てない印刷会社は、企画・提案力や商品開発力、営業力などを養い、新たな需要を喚起し、付加価値の高いビジネスを目指していきたいものです。
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