デザインの力で持続可能な地場産業を創る
今回は、2023年7 月19日にオンラインで開催した株式会社モリサワ主催のFontCollege Open Campus9限目の講座で、「地域と産業とデザインの関わり方」をテーマに、株式会社RW(愛知県名古屋市)代表取締役の稲波伸行氏が行った講演内容を紹介する。稲波氏は、デザイナーとして活動するだけでなく、地域コミュニティを作るNPOの立ち上げにも参画。地域に豊かな文化を残すために必要なデザインやその取り組みについて事例を交えて紹介し、地域ならではの社会問題に向き合いながら、未来へ繋げるためにデザイナーが果たせる役割があると説いた。課題解決としての広義のデザインの実践が学べる有意義なセミナーとなった。
レクチャーズ・ルーム 53
株式会社RW
代表取締役 稲波 伸行 氏(講師)
株式会社RWは、グラフィックやプロダクトのデザインのほかに、新規事業の立ち上げ、ブランディング、デザインコンサルティングなども行い、顧客がデザインを上手く操れる状態になるよう支援し、社会のデザイン力を高めていくことをミッションにしている。また、地場産業の継承に重きを置いた事業を展開しているのも特徴である。
地場産業と関わるようになったのは、仏壇作りの職人の技術に接したのがきっかけだった。職人の頭の中にある仏壇作りの技術を見える化し、技術の見本帳にまとめて他産業に技術転用したのである。コンサルを行い、店舗装飾やホテルの内装、伝統工芸アートに昇華させたエスプレッソマシンの開発など手掛けた。
また、三重県菰野町にある萬古焼を手掛ける山口陶器のブランドづくりをサポート。同社の山口典宏社長は稲波氏の中学校時代の先輩とのことで、10年程前に、萬古焼の産地を残していくためにデザインを施し、同社のブランド作りを支援した。「デザインする際にはお相手の考えを聞き出すことに重点を置き、質問を投げかけながらお相手が持っている世界観をつまびらかにして、ブランドの方向性を決めていきます」。ミッションでは「産地を残す」ことを掲げ、産地エリアを代表するようなイメージを持たせたロゴを作成し「かもしか道具店」という名称にした。ブランドを立ち上げ3年後には黒字化したという。
さらに、デザインの力を菰野町の人たちにも知ってもらうために、「こものデザイン研究所」(山口社長)を設立し、デザインの良さを町の人たちに働きかけていった。その後、山口社長の意向もあって当初の「産地を残す」というミッションを見直して、新たに「新しい地場産業を作る」をミッションに掲げて山口村構想を立ち上げた。エリアブランドのための交流拠点として古民家を改装した「かもしかビレッジ」を設けて新しい地場産業づくりの拠点にしている。
稲波氏は、地場産業は地域の成長・文脈と共に存在するもので、それらは少しずつ変化していきながら地域の人々のためにあるものだという。デザインは地域のためになる産業を育んでいくものだと指摘する。
現在、稲波氏は三重、岐阜、愛知の陶業産地と連携し『東海湖産地構想』を展開している。当初、個社のブランディングから始まったが、自分たちの地場産業を伝えるエリアブランディングに広げながら、最終的には産業自体を再構築して持続可能な産業になるように取り組んでいる。「そこに私たちデザイナーがどのように関与していくかですが、単に見えるものをデザインするだけでなく、クリエイティブが持っている知見や視野の広さを活かして、パートナーと新たな構想を一緒に考えていくことが大事だと思っています」と、デザイナーも新しい地場産業づくりに関わっていけると述べる。
「デザイナーは顧客の望みを導き出して、その考えやコンセプトを言葉に落とし込んで形にしていくことが役割だと考えています。そして、事業の伴走者となって、それぞれ専門領域の人たちと一緒になって進めていけば、デザイナーと個社だけでは見えなかった世界が見えるようになってきます」と述べ、稲波氏はこの力を「ぴょん=PYON理論」と名付けている。
「各専門家とデザイナーがそれぞれの立場で目的をしっかりと腹落ちさせながら活動していけば、やがて創造的なことを起こすことができます。その作用を“ぴょん”と飛び越えると表現したわけです。デザインという技術が素晴らしいということをデザイナーの皆さん自身にも知ってもらいたいですし、そのためにデザインの技術をもっと伝えていければと思っています」と締めくくった。
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